ありぃについて

「看護師は天職だと思ってた」ありぃのプロフィール

はじめまして、ありぃです。

7年近く勤めた病院を辞めた後、現在クリニック&出版社にてゆったり働いている看護師です。
今は普通に生きてますが、色々な経験をして悩んだ時期もありました。

そんな私の今の夢は、

看護師が「看護師として生きていて幸せ」と笑える世界をつくりたい。

でも、現状なかなか難しいですよね……。
心を病んでしまって、普通に生活するのも辛い、という看護師がいるのも事実です。

私も、そうでした。
そんな時、あまりにも自分が求める情報が少なかったんです。

だから同じように悩んでいる看護師の役に立てばいいと思い、このサイトを立ち上げました。

 

ありぃのプロフィール  

ここでは、私のざっくりしたプロフィールをご紹介していきます。

辛いのが、当たり前だった

関西で大学を卒業後、東京の大学病院で7年間外科の看護師として勤務していました。
就職は、あの東日本大震災が起こった翌月の事でした。

震災後の東京。
初めての一人暮らし。
初めての就職。

色んな不安と、色んな期待に想像を膨らませながら、私は社会人生活をスタートしました。
私はできる看護師になるんだって気合十分でした。

でもね、現実はそんなに甘くなかった。  

私が1年目の時は「叱って育てる」が当たり前の文化でした。
勉強しても間に合わないくらい、求められる知識は膨大でした。
朝行くのが少し遅れたら「遅い」と叱られ、勉強が足りないと叱られ、仕事が遅いと叱られました。

大学出たからって仕事ができるとは限らないよね
何がだめなのかわかってない人に、教えることなんてありません

そんなことを言われ続ける日々でした。
月日は流れるのに、どんどんできないことが増えていく。

そんなある日、先輩に一人呼び出されました。

「あなたの話す言葉きついのよ。患者さんに誤解を与えるといけないから、直して」

今までそんなこと言われたことはありませんでした。
だけど、先輩が怖くて必死で方言を矯正しました。

私は自尊心だけではなく、自分の言葉も失いました。

 

私は看護が大好きでした。
患者さんと接するのが、好きでした。

看護師であることに使命を感じていたし、天職だと思っていました

だから、なんとか頑張れてしまったんだと思います。

 

がむしゃらに働いて、働いて、働いて、ようやく7年目になりました。
(認定看護師目指したり、大学院受験したりと色々あったけど省略)

結婚もしたし、しっかり働かないとなぁと思いながら、日々をなんとなく過ごすようになっていました。

病棟ではずっと、私が本当にやりたいことはさせてもらえない状況が続いていました。

何か目標を立てても、自分で頑張れることしかできません。
この役割がやりたい!と思っても、できないのです。

当然やりがいも減っていきました
大好きだった患者さんとのお話も時に辛くなっていました。

その頃病棟では1年に1人適応障害の看護師が出ている状態でした。
おかしいとは、おもっていませんでした。

辛いことが、当たり前でした。
それを乗り越えることも、当たり前でした。

その環境に疲れてしまって、ようやく退職を決意
そのまま退職していく予定でした。

 

でも、小さなきっかけで私の生活は崩れていきました。
自分が1年目の時の、教育担当ノートを見つけてしまったんです。
そして、怖いもの見たさで見てしまった。

そこに書いてあったことは、自分が過ごした6年を否定されるくらいの事でした。
自分が頑張ったことが、とても無意味になったような気がしました。

その時のことについてはこのnoteにも書いています。

私が看護師の保健室をはじめた訳

友達に会って、もう看護師を続けていくのは無理だと自覚しました。


翌日出勤しても涙が止まらず、そのまま早退し休職

 

もう限界だったんだよ、と医師から言われました。
ノートはただのきっかけに過ぎないと。

休みなさい。入職時からの適応障害だよ

そう言われて泣くことしかできませんでした。

 

人生の休暇

休職期間含めて約1年の人生の休暇を過ごしました。

退職してから、好きなことをたくさんしました。
振り返りツイートもしてます。

引きこもり率高めですが(笑)本当に休みを満喫していたと思います。
この休息期間に、色んなことを考えました。

私のように、看護が好きなのに看護師が続けられない人がいる、ということも知りました。

何かできないだろうか。

その思いが膨らんでいきました。

そして2018年12月、看護師のための保健室になろう、と決めました。

私の目標:看護師のための保健室

今の目標は、看護師のための保健室になること、です。

私のような看護師を一人でも減らしたいのはもちろん、もしお休みすることになっても、必要な情報を手に入れられる場所にしたいと考えています。

私は、頑張りすぎました。
心の傷は治りきっているとは言えないし、いまだにフラッシュバックのように涙が出ることもあります。

だから、頑張りすぎる看護師を減らしたい、という思いもあります。

○辛い時に相談して、少し休憩して、また戻っていく保健室のような所
○今までや今後について相談できて、キャリアを振り返りながら自己肯定感を高められる

そんな場所になれることを目指しています。

 

私の夢:看護師が幸せだと笑える世界をつくること

もう一度いいますが、私の夢は、

看護師が「看護師として生きていて幸せ」と笑える世界をつくりたい

です。

今の私にとって、手の届かないことはたくさんあると思っています。
でも、理想は目指さないと実現しないし、目指す過程で得るものもたくさんあると思うのです。

看護師が知識を付けること。
看護師じゃない人に看護師がどういう仕事で、何をしているのかわかってもらうこと。

色んな人に、看護師の仕事内容や労働環境について考えてもらえるようになるといいなと思っています。

 

看護師がゆとりある勤務の中で、質の高い看護を提供するのが当たり前になることを目指します。

そのためには、国にも動いてもらわなきゃいけないよね。

夢は大きく!!

それが私のモットーです(^^)

 

ここまで読んでいただきありがとうございました!

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